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君の木、君の椅子。

昔、日本には女の子が生まれると桐の木を植えて、お嫁入りのときにはそれでタンスを作る風習があったという話、聞いたことがありますよね。
自分の誕生を喜んで植えてもらった木を見ながら子どもは大きくなり、出来上がった家具を見て、親と子は共に成長してきた日々を思う。素敵な話だと思いませんか?

北海道の旭川周辺地域は旭川家具で知られる木工の町。良質な材料があって、職人もたくさんいるところだそうです。北海道上川支庁長や道副知事を経験した磯田憲一さんが「自分たちのまちを元気にするにはどうしたらいいか」を旭川大学の学生たちと考えて考案したのが「『君の椅子』企画」だったそうです。
子どもが生まれたとき、市町村が記念品を渡しているところに着目して、「地域の材料で地域の職人さんがつくった椅子をプレゼントしませんか」と呼びかけ、実現したことなのだとか。

赤ちゃんへのプレゼントなら、木のオモチャでもいいのでは?と思うところですが、「椅子は居場所。その子の人権、人の尊厳の象徴です」と話す磯田さんの言葉に、地域のみんなが心から「君が生まれてきたことを歓迎しているよ」という温かいメッセージが込められているのを感じます。

初年度は建築家の中村好文さんがデザインした椅子だったそうですが、毎年デザイナーもつくり手も代わり、実施する自治体も増えたのだそうです。

この企画を通して、職人さんたちの仕事が増え、町の人たちとの関わりもできました。椅子は誕生した子のところへ役場の人が届けに行くそうで、一つの椅子が人と人をつなぐ役割をしているところも、なんだかあったかい気持ちにさせてくれます。

これまで出会った住まいの中にも、子どもの誕生を記念して庭に木を植えているご家庭や、子どもが誕生したらお父さんが椅子を作っていたご家庭がありました。
子どもの成長にあわせて大きくなっていく木、手ざわりが良くなって味わいを深めていく椅子。生まれてきてありがとう、生まれてよかったなぁという親子の思いがずっとつながっていくようで、とても温かい気持ちになるものです。



※毎月第2週目の「週刊タイムス住宅新聞」に掲載されています。(2010.10.19 ka)



言葉のある風景。

興南高校の夏の甲子園、初の全国制覇(沖縄県勢初!)に加えて、春夏連覇の偉業(全国6校目!これも沖縄県勢初!!)に沸いたまま迎えた今年の旧盆。
ウンケーからウークイまで、親せきや家族と顔を合わせれば「すごかったよねぇ」と、まるで合言葉のようでした。

親せきまわりの中で訪れたおばさんの家。仏だんの前に置かれたテーブルの上には、旧盆のごちそうが、これでもかと言わんばかりに並べられていました。

「ムルカメーヨー。ヤーヤ、ムヌカマングトゥ、ガリガリィシィ。(たくさん食べてあんたも甲子園に行きなさいよ、とその後も長々と続く)」と、おばさんが今年中学生になった孫へ向かって話していました。

「おばぁの言ってること、いつも意味わからん。日本語しゃべれよぉ」と、皿の上に置かれたごちそうを見ながら口をとがらす中学生。たぶん、どこの家でもよくあるおばぁと孫の会話です。

ウチナー口しか話さないおばさんと標準語しか話さない中学生。
ほほえましい気持ちと、簡単なウチナー口もよく伝わらなくなったのかなぁと少し驚いた気持ちでやりとりを眺めていましたが、家の中でウチナー口が話されているのは、沖縄らしい暮らしの風景だなぁと思うところでもありました。

沖縄らしい住まいといえば、赤がわらの屋根、ヒンプン、シーサー、内と庭がつながるようなつくり、といったことが浮かぶでしょうか。そんな形で見えるものに加えて、普段話されているウチナー口も沖縄らしさをつくっている要素であると思います。

昨年、ユネスコが発表した世界の絶滅危惧言語の中に、沖縄語、国頭語、宮古語、八重山語、与那国語が上げられていました。世界からみても沖縄の各地域の言葉は、それぞれが一つの言語として捉えられていることがわかり、誇らしい気持ちと、絶滅危惧という扱いに、改めて危機を身近に感じました。

おばぁたちが話すウチナー口を、聞くことはできるけど話せはしない私のようなウチナーンチュも多いと思います。ひとつの言語の消滅は歴史の終えんという人もいるくらい寂しいことで、身近なものほど、消えていきやすいということもいわれています。

沖縄らしい暮らしの風景がこれからもあり続けるように、見えないものも大切に守りたいものですね。


※毎月第2週目の「週刊タイムス住宅新聞」に掲載されています。(2010.09.14 ka)



体験から育まれること。

先日、名護で行われた「竹のトンネルづくり」ワークショップに参加しました。9月に開催される展示会の作品の一つである「竹のトンネル」を、参加者みんなで手作りしようという企画で、参加者は割り竹をつくることや、ワラから縄を編むことから教わりました。

縄は、稲のワラを手のひらでくるくる編んでいきますが、最初のうちは足の指に挟んで押さえて、長くなってきたらお尻で押さえて、撚れないように体重をかけて縄を抑えながら引っ張って、手のひらではくるくる、くるくる。みんなで車座になって作業する様子は、昔の民家の土間の風景のようでもありました。

最初はどうにもこうにもワラの継ぎ足しがうまくいかず、悪戦苦闘が続きましたが、時間がたつとそれなりに縄が完成されていきます。やりながら自分なりにコツをつかんで、なんとなく上手になっていくようです。竹を組んでいるところでは、縄のしっかりした結び方を教わった人たちによって、骨組みの部分が作られていきました。

ワークショップで指導してくれた島袋正敏さん(山原ものづくり塾塾長)は、「わからないからできない!と言うよりも、体を動かして何かをやってみることで、先は見えてくる。やればできる!というふうになってきます。何ごとも理論は後。経験を通していろんなことを考え、思うことで、どうやったらいいかを体で覚えてくる。その後に理論を知って、物事を包括していくといいんです」と話します。

昔、人は経験から身についた知恵をたくさん持っていました。文字が読めなくても、体験を通していろいろなことを知っていました。それが暮らしの中で親から子へ、人から人へ継がれていくのが自然の流れだったように思えます。

「人間なら知恵を働かせること。大人も子どもも、体験すること。仮想の世界ではなく現実の世界で、手に触れて体を動かしてやってみること。たくさんの体験や空間全体から伝わってくるものが、頭を活性化させ知恵を育んでくれます」。

縄を編み、暮らしの道具を一つひとつ手作りしていた時代、生きていくための知恵と人の温もりが、暮らしの中で一緒に伝えられていたんだなぁと、感じたものづくり体験でした。


※毎月第2週目の「週刊タイムス住宅新聞」に掲載されています。(2010.09.02 ka)



わが家とお隣とのあいだに。

日曜日の夕方、多くの人が「明日からまた一週間が始まるのか」と思いながら見ている(だろう)「サザエさん」。住まいの話をするとき、取り上げる建築家の方もいらっしゃるほど、サザエさんちには今や懐かしい家族や家の形があるようです。

その中に登場するサザエさんの母フネさんと、お隣に住むおカルさんは女学校時代の同級生。
磯野家の隣家に偶然、伊佐坂家が越してきたことが「お隣同士」の始まりでした。
お話の中で、たまに板塀越しにおしゃべりをする二人が登場します。ときにはおすそ分けのやり取りがあったり、家族ぐるみのお付き合いも成立しています。ほかにも「裏のおじいちゃん」ご夫婦とのお付き合いもあって、「向こう三軒両隣り」の関わりを見ることができます。

なぜそんな関係が成立しているのか?と考えると、個人の関わり以外に家と家との間のつくりも大きく関係しているように思います。互いの顔が見えるくらいの塀の高さや緑の生け垣が、やさしい関係を築けるように気配りしているもののように思えます。

しかし、それも敷地の広さにゆとりがあればこそのことなのか、現実を見ると敷地が小さくなればなるほど、境界ギリギリまで建物が建っているようで、そのわずかな隙間に隣家との関係はあまり見えてこないように思います。

わが家は集合住宅の中にあり、壁一枚で区切られたお隣とは、廊下ですれ違うときに挨拶を交わすくらいで、どんなご家族なのかは想像するだけです。実家の母は、ここ最近引っ越してきた新しいお隣さんが顔を見ても挨拶すらしないことを残念がっています。

向こう三軒両隣りの関わり合いが深かったころ、おおらかな近所付き合いがありました。わずらわしさも感じていたと思いますが、人々のやさしさや温かさも感じていたのだろうと思います。
今の時代、お隣との関わりがなくても生きていけるようになりましたが、少子高齢化社会を含めた安心・安全といったことと向き合うには、近所付き合いは大切なことのように思えます。そんな思いを持ったさわやかな境界線が作れるといいですね。



※毎月第2週目の「週刊タイムス住宅新聞」に掲載されています。(2010.07.12 ka)



夢は「狭い家!」。

ある子の話。「大きくなって家を建てるとしたら、狭い家がいい!」。
狭い家?驚いたので聞いてみた。「どうして?自分の部屋がある広くて大きな家がいいってみんな言うのに?」。

「うちはアパートに住んでる。しかもとても狭いんだよ。お父さんもお母さんも、妹も弟も、いっつもくっついて、いっつもそばにいるんだよ。たまには邪魔だなって思うときがあるし、そんなときは自分の部屋がほしいって思うけどね。
でも、一人でも居なくなるとさみしい。お父さんが仕事で遅いとき、夕ご飯食べてても、お父さん早く帰ってくればいいのにって思う。ご飯食べた後、みんなでテレビ見ながら笑ったりするのがすごく楽しいんだよ。
友だちんちは、広くて大きな家で、自分の部屋があって、部屋の中に自分のテレビがあってさ。見たいものが見れてうらやましいなって思うけど、一人でテレビ見るのはつまらないよ。お笑い見てても『笑い』が少ない感じがするしさ。ずっとね、いつもみんなで笑いながらテレビ見て、くっついてたい!(笑)。だから、大きくなって結婚したら、ダンナさんと子どもと、しょっちゅうくっついていられる狭い家をつくる!」。

笑顔で楽しそうに話す女の子の夢は「狭い家」を建てること。「犬が飼える家がいい」「自分の部屋がほしい」と話す子どもたちからは、「えぇ〜、なんで〜?」とブーイングも起こりましたが、話が進むにつれて、なんと感嘆の声に変わっていきました。

「うちのお父さんとお母さん、あまり話をしないんだよね。困るんだよなぁ、そういうの。こっちが気ぃ使うんだよね。みんなで一緒にテレビ見るなんて、あんまりないなぁ」、「毎日みんなでご飯食べるの?うちはいつもばらばら。自分の部屋はあるけど、みんなで一緒にご飯食べるほうがうらやましい」、「宿題はいつもご飯食べるテーブルでやってる。部屋の机はカバン置いてるだけ。一人で宿題やってるとさみしくなるよね」、「そうそう、いつも場所取り合いだから、大きなテーブルだといいよね」。

子どもたちに「どんな家がいいと思う?」と聞いて、話はこんなふう。子どもたちなりに素直に家族のことをよく見て、考えているんですよね。家づくり、子どもたちの話も聞いてみてくださいね。


※毎月第2週目の「週刊タイムス住宅新聞」に掲載されています。(2010.06.11 ka)



サングヮー。
シーミーの帰り道。ご先祖様たちにお供えした後、親せきたちとお墓のナー(庭)で囲んだごちそう。
食べきれなかった分をおすそわけしてもらったビニール袋には、サングヮーが入っていました。

サングヮーは家に帰りつくまでの道中、ヤナムンやマジムンが食べ物にとり付いて、食べ物が早くダメになってしまわないようにという「魔よけ」です。ススキの葉っぱを結んで作られているのをよく見かけますが、割り箸の袋だったりビニール紐だったり、手近なものでサッと作って持たせることができるお守りです。

病気や事故といった出来事はヤナムンやマジムンの仕業と信じられていたことから、聖地やお墓へ行くとき、旅へ出るときには「サングヮーを作って持たせたさぁ」というおばあちゃんたちは多いです。 沖縄を離れて別の場所で頑張っている人のもとへ、家族から届いた箱の中には「いつもサングヮーが入っていたなぁ」と懐かしく思い出す人もいるのではないでしょうか。取材で訪れた住宅でも、玄関先に置かれていたり、門にくくり付けられているのをたまに見かけます。

沖縄にはヤナムンやマジムン、ヤナカジといった目には見えない悪い霊や邪気から家や家族を守るための「魔よけ」が多く存在しています。サングヮーと同じように玄関先にある水字貝やシャコ貝、道の突き当たりにある石敢當、屋根の上のシーサーも、みんなそうです。家の形がどんなにモダンにシャープになっていっても必ず見かけるもので、「魔よけ」は沖縄で変わらないモノの一つなのだなぁと感じています。
  また、沖縄の「魔よけ」は悪い霊や邪気をやっつけたり無くしてしまったりするものではなく、入ってこないように避けるもの。人が住むのはこちら側、目に見えないものが住むのはそちら側といった具合に、住みかを分けて共存していくように知らせる目印のようにも思えます。

県外の友人にサングヮーの話をしたところ、「沖縄のお母さんたちの心遣いにジーンとした」と話してくれました。相手を思いやる心が結ばれて形になったサングヮー。小さなものにも愛情と豊かさを感じます。

※毎月第2週目の「週刊タイムス住宅新聞」に掲載されています。(2010.05.14 ka)


家=家族のカタチ。
「おきなわ住まいのカタチ」の二冊目が、ようやく完成しました。完成までにはいろいろあったとはいえ、最初の取材から約二年が経過しているのは、「お待たせしすぎだろ!」と、猛反省しながらも、やっと書店に並んだ様子を見てホッとしています。今回は「家族・人」を全体のテーマに据えて住宅の取材を行い、その間にはさむコラムや記事なども関連する内容で構成しています。

「家族・人」をテーマにしようと思ったのは、長年たくさんの住宅を取材して感じていたことと、私の幼いころに比べて、今の子どもたちの育つ環境が家も自然も含めて大きく変化していること。昔に比べ人の関わりも薄れてきたことで、今の私たちは何か大切なものを少しずつ無くしているように思えること。それがとても生きづらく感じさせているような気がすること。また、オシャレでキレイな形や最新の便利さばかりに目が行きがちな「住まい」の、その本質を突き詰めて考えた結果、たどりついたものです。

沖縄には「家習る 外習(ヤーナレール フカナレー)」、家庭での行いや習慣は外に出たときに表れるという黄金言葉があります。これは、家できちんとしつけられた人は、よそでもきちんとした行動がとれるという意味の言葉ですが、家庭の中で愛情をもって育まれた子どもは、社会に出ても自分以外の人やモノに愛情を持って接することができるということにもつながると解釈しています。

家族の会話が自然に生まれる形は、家族のつながりや絆を育む手助けをしてくれます。仲の良いご夫婦に育まれる子どもは、日常の中から人を慈しんだり大切にしたりすることを学んでいくのではないでしょうか。「住まい」には、そこに住む人が大切にしていることが見えてきます。住まいを見ると、住む人の生き方も伝わってくるのです。

本のあとがきにも記しましたが、どんな厳しい状況にあっても、人のよりどころとなるのは「住まい」です。「建物、物件」などと呼ばれ「モノ」として扱われることの多い「住まい」ですが、そこに住む家族のつながりが形づくられ、人が育まれる場所なのです。どんな形をつくるにせよ、住まいづくりは、そこに住む家族の心を形にしていく作業。家族をやさしく包む住まいが増えれば、やさしい社会にもつながっていくのではと思います。

※毎月第2週目の「週刊タイムス住宅新聞」に掲載されています。(2010.02.14 ka)


みんなが当事者。
あけましておめでとうございます。今年はどんなお正月でしたか?今年もここで住まいや暮らしにまつわるいろんなことを書きながら、自分自身も学んでいこうと思います。

昨年、ある女性との会話の中でのこと。 アパートで一人暮らしをしているその女性は、自分の住んでいる部屋や建物の形について、いろんな感想や意見を話してくれました。「もっとこうだったらいいのに」ということをたくさん話していましたが、「でも、私は建築の専門家でもないし、建築の仕事に携わっているわけでもない。第三者だからね」と締めくくりました。女性が話した「第三者だからね」という言葉が、なんだかとても寂しく聞こえたので、「建築の中に住んでいて、建築に囲まれて暮らしている私たちは、第三者ではないと思うよ」と言うと、驚いたような顔をされました。

持ち家住まいや賃貸住まい、一戸建てや、アパートやマンションといった集合住宅に関わらず、「家」という建築物に住んでいる私たちは、だれもがみな、しっかり建築の「当事者」だと思います。なのに、専門用語がいっぱいで、いろんな素材や仕組みでつくられる建築は、それだけで一般の人には「わかりにくい」もの。そのわかりにくさが、建築は建築をつくる人たちだけのもので、そのほかの人は「第三者」という意識にさせてしまっているのだと思います。

当事者であることを自覚すると、「しっかりしなくちゃ」という意識になってきます。マイホーム取得に取り組むときでも、建築の専門家から提案されたものに対して、きちんと判断できるだけの勉強をして、価値観を持って望むようになります。アパートを借りるときでも、いい物件を判断する目が次第に養われていくのではないでしょうか。

だれもが建築の中に住む「生活者」。生活者の視点で建築を捉えると、「みんなが当事者」ということが、わかりますよね。だれもが生活者の視点で、いい家づくり、いい住まいづくりを実現できる一年でありますように。

※毎月第2週目の「週刊タイムス住宅新聞」に掲載されています。(2010.01.08 ka)

 

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