家づくりのパートナー選びをサポート|おきなわ建築Web
理想の空間づくりをお手伝い。沖縄の「自分らしい」家づくりを応援するWebサイトです
おきなわ建築Webについてお問い合わせ サイトマップ
TOP 住まいづくり情報 家づくりのプロを探す 特集 本・出版 建築Webニュース 会員登録について
TOP住まいづくり情報一覧 > 日々是“住”雑感《2009年》 
住まいづくり情報
住まいづくり情報一覧
お住まい訪問記
家づくり最初の一歩
見学会レポート
日々是“住”雑感
お仕事拝見!
建築士について
家づくりにかかるお金のこと
法律のこと
不動産のこと
ハウスメーカーのこと
沖縄に住みたい!
“永く住まう”を考える
住まいづくり体験談
建築へ関わる人たちへの
メッセージ
日々是“住”雑感
日々是“住”雑感《2009年》
2004年 2005年 2006年 2007年  2008年  2009年 2010年   2011年 2012年


大きな木の下で。
 木は大きく枝を広げ、深い緑陰をつくります。強い日差しの日、涼しい木の下でぼんやりしたり、車を止めて少し昼寝したり。歩道での信号待ちは、横断歩道から少し離れても、木陰で待ちます。沖縄の夏には、特に貴重な場所です。大きな木の下に入ると、ゆっくりと時が過ぎていくように感じます。安心できる感じもします。大きなものに守られているような、深い屋根の下にいるような、そんな感じもします。

 小学校の遠足で、お弁当を食べる場所はきまって木陰でした。ほかの人たちもみんな同じです。木の陰って、人を寄せる力がありますね。人がつくった場所よりも気持ちがいいのかもしれません。自然の日陰のかたちが、人が集まるかたちを生み出すようにも見えます。

 人が居る場所のはじまりは、1本の木の下だったのではないかなと考えることがあります。大きな木のかたちは、そのまま家のかたちになったのではないかとも考えます。木の葉の重なりは、まぶしい光を遮ってくれるだけでなく、たくさんの木の葉から水分を蒸発させて熱を捨てる働きをしています。だから木の下はとても涼しくて、木の葉を通り抜ける風は気持ちいいんですね。

 「建築」というと、コンクリートなどでつくられた建物のかたちを思い浮かべますが、建物の周辺にある樹木や草花もすべて含めて建築なのだと思います。

 今は、昔とは違ういろいろな制約や新しい技術や材料、たくさんの物があり、暮らす環境も変わってきました。そのような環境の中でも、どうしたら心地よく暮らせるか。時代や環境が変わっても、家のもとになる考えは変わりません。新しい家のかたちや人のあり方を考えるとき、自然を見ながらいろんなことを感じて考えたり、真似してみたり、ときには目には見えないルールもあわせて考えることも大切なことなのではないかと思います。
  たぶん、建築の専門家でなくても普段の生活の中で、たくさんの人が気づいていることなのではと思います。新しいものを受け止めながら、自然の持つちからや昔からの知恵にも学び、新しい目で、今の環境を守り育てながら住まう家のかたち、生活の仕方を探していけたらと思います。


※毎月第2週目の「週刊タイムス住宅新聞」に掲載されています。(2009.12.21 ka)

 

福岡の「まちこわし大賞」。
 「あなたの推薦からはじまる賞です。まちの調和を乱している建物等を表彰します。ご立腹の建物をご紹介下さい」。
  この皮肉に満ちた呼びかけ文は、「福岡・住環境を守る会」が主催した「まちこわし大賞」の呼びかけです。

 このような趣向の取り組みは日本では珍しいことですね。昨年行われた第一回では、建物の部と看板の部で大賞と特別賞が設けられ、市民から推薦のあった建物や看板などが表彰されました。受賞者には「まちこわし大賞」選考理由書と「市民が望むまちづくりの姿」が贈呈されたそうです。

  賞の対象となったのは、福岡県内にあるビル、マンションなどの建造物や看板で、福岡の個性的、魅力的な景観づくりの足を引っ張っているもの、周辺環境や町並みに不調和で、その雰囲気を壊しているもの。また、そのような建造物を自由に造らせている行政の条例など。それらを「周辺への影響(日影、風害、圧迫感などで、近隣の住環境を大きく損ねているか。周囲の景観を大きく壊す役割を果たしているか)」、「近隣との関係(近隣住民の声を無視して強引に計画を進めるなど、険悪な関係を築き上げているか)」、「自然との調和(昔からの樹を切り倒すなど、緑を残さぬよう努めているか)」という視点で審査されました。

  珍しい取り組みの実現に至るまでには、想像できないほどの苦労がつきもので、さまざまな面で簡単にはいかなかったと思います。建物や町並みの批評で難しいのは、批評自体が納得される客観性を持っているかどうかという点で、「まちこわし大賞」での選定基準や、審査過程はそれ自体、一つの批評性を持ったものになったのではないかと思います。

  思い起こせば、完成したばかりの県庁舎を見て「那覇の真ん中に大きなヒンプンを作ったんだ」と驚いたのもつかの間、今ではあちこちに驚くような建物がつくられ、沖縄の風の流れもだいぶ変わったようです。いたずらなことを言って混乱を誘ってはいけませんが、批評のない世界はコワイものです。大切なものをなくしてしまわないうちに、沖縄でも建物やまちへの感受性が高まるといいなと思います。


※毎月第2週目の「週刊タイムス住宅新聞」に掲載されています。(2009.10.09 ka)

 

木ヲ切ラナイデ下サイ。
  昨年訪れた年配の女性が住む住宅でのこと。
  「この木があったから、ここを買おうと思ったの」。
  リビングに隣接する和室の窓から見える大きなサクラの木。季節になるとピンク色の花が満開になって、「その時季はここで花見ができる」と喜びます。

 サクラの木は、女性の住まいの敷地内にあるのではなく、実は隣地に育っているもの。土地を購入するとき、隣地の住人に会って「この木は絶対切らないで下さいね」とお願いしたそうです。隣地の住人も、「お隣が売りに出されて、もし、この木が迷惑だって言う人が買ったらどうしようと心配してたんです。私たちも安心です」と、約束したそうです。
  完成した住宅は、サクラの木を眺められるように縁側も設けられ、リビングやキッチン、寝室からもサクラの木が見えます。サクラの木を通して、お隣さん同士すっかり仲良しになって、お互いに気づかい合いながら暮らすようになりました。

 話は変わって、最近わが家に起こったできごと。原稿を書きながら過ごしていたある日の午後、「ガガガッ」とベランダのほうから大きな音が聞こえてくるので、何事かと思い見ると、男性が木の幹にチェンソーの歯を当てています。予告もなく木が切られようとしているのを目の当たりにして、しばらく声も出ず、ただ呆然と眺めていることしかできませんでした。

 うちのベランダからはいくつかのお墓が見えるのですが、大きな木々に囲まれていたので、直視することもなく、また、隣地に立つ高層マンションからの視線も遮ってくれていました。日差しがやわらぎ、風も気持ちいい。朝夕は鳥たちの声がにぎやかで、小さい自然が身近にあることを喜んで、ここに住むことを決めたのですが。
  その土地の地主が、事情があって決めたことなので、なんとも言いようがありませんが、樹齢数十年の木が倒れていく様子は涙ものでした。
  大きな木が5本もなくなって、すっかり変わってしまったベランダからの景色がとても残念なのです。「借景権も認めてほしいよ」とため息まじりの夏の終わりです。


※毎月第2週目の「週刊タイムス住宅新聞」に掲載されています。(2009.09.11 ka)

 

「幸せな家」をつくる。
 前回、自分たちの家づくりや暮らしにとって「大切なことは何か」をきちんと整理し、それを依頼先とのコミュニケーションの中で上手に伝えることができれば、「完成した家の満足度はあがります」と書きました。
  私がこれまで訪ねた一千件以上の住宅の施主さんたちの中には、「家づくりがとても楽しかったから、いつかまた家を建てたいです」「家づくりが終わったことがとても残念で仕方ない」と話す方たちもいらっしゃいました。まさに、「家づくりは建て主が主役」を実現されたのだと思います。

  「家づくりで大切なことは何か」。家づくりの際、新しいシステムやデザイン、インテリアに、どうしても目がいってしまいます。それがわかりやすいので仕方のないことなのですが、今の新しさは、いずれ古くなり、流行も長く続くものではありません。「家族が健康で仲良く暮らせるか」「安全で安心して暮らせるか」「年老いても支えてくれそうか」「メンテナンスが行き届くか」などが、いつまでも変わらない住まいのポイントなのではと思います。

 住まいへの要望を聞き、設計者が描くユニークな内装や動線は、皆さんの要望を聞いてそこから想像される暮らしのシーンから形になるもので、それは、人の暮らしの目線でデザインされているもの。それを心得ておけば、おのずとストレスのない自然な居心地の空間に仕上がるのではと思います。家づくりは、ぜひ自分たちの暮らしを頭に思い描くことからはじめて下さい。

 自分たちの暮らしを思い描き、何が大切かを考え、依頼先とのコミュニケーションを上手にとることができれば、家づくりは楽しく進みます。完成した家で「あぁ、ここは苦労したんだよなぁ」なんて思い出して楽しめるのも、いいですよね。
 「家づくりがとても楽しかったから、いつかまた家を建てたい」「家づくりが終わったことがとても残念」こんなふうに言われると、設計者も施工者も、みんながうれしい気持ちになるはず。そうやって完成した家は「幸せな家」ですよ。


※毎月第2週目の「週刊タイムス住宅新聞」に掲載されています。(2009.08.15 ka)

 

家づくりの満足度。
 ある機関が、設計事務所や工務店、ハウスメーカーに依頼して家づくりをした人を対象に「家づくりの満足度」を聞いたところ、家づくりに「とても満足」と答えたのはなんと3割。完成した家に「とても満足」と答えたのは16%という結果だったそうです。驚く結果ですね。どうしてこんなに低い結果だったのでしょうか?それは、完成した家が不満だったからということではなく、家づくりの過程と完成した家の満足度は深く関係しているということなんだそうです。

 家づくりは、ほとんどの人が初めての経験です。いつの間にか設計者や施工会社のペースになってしまうケースも多く、これが調査結果に表れているのかもしれません。

本来、家づくりは建て主が主役になって進めていくことが理想で、自分らしい家づくりをするためにはとても大切なことです。しかし、どんな状態が「建て主が主役」なのでしょう?わかっているつもりで、わからない。それが家づくりの実態のようです。

 建て主が主役の家づくりをするためには、まず、自分たちのことをよく考え、整理する。現在の暮らし方、これからの暮らし方、家づくりで叶えたいことなど、自分たちのことを家族でよく話し合い、具体的にしておきます。何が最重要なのか、優先順位もつけておきます。優先順位は、現在の暮らし方だけを考えていてはいけません。子どもたちの成長や家族構成の変化、後から設備や間取りを変更できるように考えておくことも大切です。

 設計者に依頼して設計が進むうちにギャップを感じて戸惑いが生じるかもしれません。結婚した相手の習慣に驚いたり、お互いにとっての「当たり前」の違いでケンカになることがありますが、家づくりでもそれは同じ。一般の建て主と建築の専門家が一緒に家をつくるのですから、知識や言葉はもちろん、住まいや暮らし方においての理想や「当たり前」が違っていて当然です。「こんなことを考えてくれるのは当たり前」と思わず、お互いの考えを確認しながら進めましょう。コミュニケーションを上手に取ることで、新鮮な発見につながり、完成した家に対しての満足度もあがりますよ。

(2009.07.10 ka)

 

手ざわりの心地。
 手ざわりのいいものと、いい香りに弱いワタシ。手ざわりは自然な感じがするもの、例えば布だったら綿や麻、土とか木とか自然素材の感触がとても好き。
  匂いもやっぱり、花や木のにおい、例えば早朝のクスノキ並木のにおい。思わず深呼吸をしてたくさん吸い込もうと懸命になってしまいます。と、こんな感じなので、家の中でも手ざわりのいいものといい香りに囲まれて暮らしたいなぁというのが理想です。

 例えば器を選ぶとき、見た目の形がどんなにカッコよくても、持った感じ触った感じがイマイチなら却下。飲んだり食べたりするための器や箸、スプーンなど、直接口に触れるものの触った感じは味にも影響しそうで、大切だと思います。
  よく使うタオルや寝具も触れた感じが心地良くないと眠りの質にも影響するように感じられます。できれば家具も、触った感じ、使っている感じを優先させたい気持ち。
  もし、家を建てるとすれば、足の裏に触る床の心地、壁の手ざわり、建具やドアノブの感触もー、と挙げるときりがありません。だからといって、値段が高いものを選べばクリアされるかといったら、必ずしもそうではなくて、自分の好みの心地良さにピッタリ合えばOKなんです。

 展示会や建物を見に行ったときの「手に触れてはいけません」の文字。もちろん守って見て回りますが、見た目に気に入ったものや、作品から感動が伝わったとき、思わず手が伸びてしまいそうになります。
  芸術品といわれるものには手ざわりを確かめることが難しいものが多いですが、暮らしの中で使われる民芸品・工芸品には、生活を楽しくさせてくれる美しさと手ざわりの心地良さを兼ね備えたものが多いので、陶の食器、木の家具、ガラスのコップなど、手の届く範囲で生活の中に取り入れるようにしています。

 私にとって手ざわりの心地良さ、いい香りがすることは、モノを選ぶ基準の一つなのですが、自分の中にそんな基準を持っていると、あれこれと無駄な買い物をしなくなり、買ったものは大切に使うようになりますよ。お、これってエコにもつながりますねー。

(2009.06.12 ka)

 

清明の季節に。
 沖縄の季節は清明。GWのうちにシーミーを済ませた家庭も多いと思います。
  わが家のベランダからはお墓が見えるので、3月中旬ごろからGWにかけて、お墓の庭(ハカヌナー)にブルーシートを敷き、久しぶりに集まった家族とご先祖を交えて重箱とお菓子を広げ楽しんでいる様子がたびたび見られました。

 「わが家のベランダからお墓!?」と思った方も多いかもしれません。
やっぱり、家のそばにお墓があることは気になるところです。ここを勧められたとき不動産屋さんは詳しいことは話しませんでした。 物件の内容を聞いて「では現地を見に行ってみましょう」となったとき、地図を見るとお墓の記号が−。「これはお墓では?」と聞いてみると「あ、そうなんですよ。やっぱり気になりますか?」「いや、実際の場所を見てみないことには何とも」。ということで現地へ。
  そこには、大きな木が育つ日当たりのよい場所にいくつかのお墓。気持ち的にイヤな感じがしなかったので、「あまり気にならないですね」と言うと、「そうなんですよ、実はユタに見てもらって、ここは大丈夫!と太鼓判もらってるんですよ!」とうれしそうな不動産屋さん。
 墓地や霊園というわけではなく、沖縄でよく見る個人のお墓がいくつかある場所。きれいに掃除が行き届いて、木々から漏れる日差しとさわさわとゆれる葉音が心地いい。お墓も心地良さそうに見えました。だれのご先祖さまたちかは知りませんが、この心地いい場所に、私たちも住まわせてもらうことに決めました。

  考えてみれば、お墓があるので、ベランダから見える場所に後々建物が建つこともなく、陽射しや風を遮られることもありません。外からの視線を気にするのはシーミーの季節くらい。お墓のまわりには大きな木々が育っていて、緑もいっぱい。一日中鳥のさえずりも聞こえたりして、住宅地とは思えない感じ。こんな利点もあるわけです。

 シーミー前のお墓掃除でキレイになって、家族そろって楽しいひとときを過ごしたご先祖さまたちの笑い声にも似た木々の葉音が、いい風を運んでくるわが家です。

(2009.05.08 ka)

 

愛された記憶。
 先日参加した本の講習会で「愛された記憶を持つ子どもは、いい子に育ちますよ」という話があった。

  生まれてすぐ、オムツを替えてあげたことや夜泣きしているのを一生懸命あやしたこと、少し大きくなって毎日絵本を読み聞かせしたことなんて、育っていく過程で子どもはすぐに忘れてしまいます。
 そして、思春期の年ごろになると、自分ひとりで大きくなったような顔もする。
 「生まれたときはこうだったんだよ、小さいころはああだったんだよ」という反復をしながら、愛された記憶を日々すりこんでいくことが必要なのだそうです。

 正月や旧盆に親せきが集まったとき、久しぶりに会ったおじさんやおばさんたちから「あんたは小さいときは泣き虫でねえ、人の姿が見えなくなるとすぐ泣きよったんだよ」とか言われると「もう大人なんだから、そんなこと言わなくてもいいのに」と内心思うものですが、まわりの大人たちのそんな話も、たくさんの人の世話になって育ってきたという「愛された記憶のすり込み」につながっているのだとか。

 今は、親せきが集まる場所がおっくうに感じている若い人たちも多いです。同じ年代の中でも、正月や旧盆に「なんで休みの日にわざわざ」と仕事や趣味にいそしむ人たちもいます。
 けれど、大人になっても「愛された記憶」というのは必要なことで、核家族化が進み、向こう三軒両隣りの関わりも薄くなったことで増えた、子育てに悩む親を助けてくれるのも、自分が育ってきた過程の記憶なのだそう。

 年数が経った住宅では、さまざまな家族の痕跡を見つけることができます。新しい住宅では、「うちはまだ子どもが小さいから汚してもいいように」と工夫したところがあって、これからどんなことがあるのかを楽しみにしている様子が伝わります。
  願わくば、家が、子どもたちの「愛された記憶」の場所となるよう育んでもらえたらと思います。

(2009.03.02 ka)

 

お引っ越しに思う。
  引っ越しをしました。大小あわせて今回で14回目!
こんなに経験しているはずなのに、全然上手くならないし、荷物は相変わらず多いまま。
引っ越しをするたびに、大量のモノを処分して「次は身軽に!」と思うのですが、これがなかなか。今回は、住まいと仕事場をまとめてしまう引っ越しでもあるので、荷物は「住」と「職」との両方で、処分に頭を悩ませる日が続きました。

 必要不可欠なモノと、処分していいモノは、さっさと決められて作業もスムーズ。ですが、継続保存か処分かを決めるのに時間がかかるモノは、いつまでたっても作業の手がつけられません。
「時間がかかるモノ」にはたいてい、「思い出」が関係しているので、それらをどうしようかとても迷うんですよね。新居に十分なスペースがあれば問題ナシ。または実家に保管スペースがあって、決められないモノは「そこに送ってしまえ!」と言える人はとてもうらやましい。でも、そうもいかないので、なんとか「決断」をしなければならないのです。

 とりあえず箱に入れてしまおうと、手に取りはじめると、「これはあの時、こうだったんだよな」と、一つひとつのシーンが細かくよみがえります。生活してきたことで増えたモノや、仕事をしてきたことで増えたモノ。そんなことを繰り返していると、いくら時間があっても足りないので、事務的に考えて「処分」の方向へ傾きつつ、ためらう気持ちがなくはない。面倒になって「全部捨ててしまえ!」と思うと、作業を手伝う友人たちの「もう少し考えたら?」の甘いススメ。う〜む、どうしよう??

 ずっと借家住まいで、いずれ引っ越すことを考えてモノに執着しないよう生活してきたつもりが、それはやっぱり「つもり」。ゴミ回収の日を待っているゴミ袋の山を見ながら「思い出は、自分で覚えていればいいのサ」なんてぼんやり繰り返し。
  古いモノとのお別れは、きっと新しいモノとの出会いにつながっていくのでしょう。

(2009.02.06 ka)

 

2004年 2005年 2006年 2007年  2008年  2009年 2010年   2011年 2012年
プライバシーポリシーメール会員登録 お役立ちリンク ページトップへ
おきなわ建築Web
本サイト内に掲載の記事・画像の無断転用は一切禁じます。