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「沖縄の原風景との対話 建築家 金城信吉の世界」のご報告 

   

金城信吉さん(1934〜84年)

日本語には古語から新語まで、同音異義語が多い。耳で聞くだけでは訳が分からなくなるときが多い。そこで「サバ読み」がはじまる。

言葉をごまかす方も、金額をごまかすものも「サバ読み」だが、テーゲーグァーに許容できることと、許しがたいサバ読みがある。
津波はこの高さまでしか来ないとか、原発事故は起きない、事故があってもこの程度で収まるといった「サバ読み」は、結果が結果だけに見過ごすわけにはいかない。

沖縄戦をはじめ、日本的体質としての「サバ読み」が誤算を招いた歴史体験は重いからである。

 

同じ「サバヨミ」でも金城信吉のことを語るには「差場読み」という造語が必要だろう。

詩と建築を創造という場に置くと、精神の水脈はつながってくるが、表現という場では、その差は越えがたい溝である。
生前は、海勢頭豊のパピリオンで酒を汲み交わし、思想・表現の土俵で、詩・建築・音楽を論じた。そして2人ともイカルスになって翼の焼け落ちるのもしらなかった。

彼の建築文化論では、日本は木、西洋は石であり、沖縄の建築文化の基礎は風土に培われた石と木、土の折衷だという。

ある夜、石と木と土という素材を軸にした彼の建築文化論について、私は「欠けているものがないか」と注文をつけた。
「それは何だ」と彼は身を乗り出した。
「海に囲まれていて、水を忘れるとは…」、「そうか」彼は敏感に反応した。 それがドラマの幕開けだった。

水面に映る影も建築のうち、また周囲の借景も建築のうち、といった当たり前といえば当たり前の話を熱っぽく語り合った。

沖縄の建築の未来をどうイメージするかについては、彼が48歳のときにまとめた写真とエッセイ集『沖縄原空間との対話』(門設計研究所発行)や、1985年6月の展覧会『美を掘り起こすこころ−金城信吉建築遺作展に寄せて』(『カオスの貌』3号収録)ですでに書いているので繰り返さない。

名護市民会館の設計公募があり、私も彼から意見を求められた。
テーマは「水の建築」にしようと決まった。周囲に堀池をめぐらし、水面の映像変化と水の涼を活かす、舞台裏は開閉できるようにして、演題によっては観客席から舞台と海を一望できるというもの。しかし落選した。
その設計図の写しは、いまも私の書棚で休んでいる。


金城信吉さんが手がけた沖縄国際海洋博覧会のパビリオン「沖縄館」

また、これも夏の夜の一夜の夢だった。酔いの勢いで、家を造りたい場所がある、ともらしたら、ならば見に行こうと、午前3時からタクシーを飛ばした。

180度の夜景に見とれていた彼は、建築家らしく「周囲を自然石で囲めば400坪は確保できるな、石壁にステンドガラスをはめ込んで、夕日と慶良間島を。小さな砂浜はプライベート海水浴場に…」
とうとう白々と夜が明けて、酔い覚めの気恥ずかしい顔で引き揚げた。

「水の建築」、彼の遺志を次の世代へバトンタッチする試みとして、3年前から「越境の会」を立ち上げ、絵画、彫刻、音楽、建築、詩の各分野を越えた表現・思想の交流に努めている。ノブヨシが遺した課題を引き継ぐ世代は成長しているだろうか。この展示会がその機会として活かされてほしい。

(詩人)

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