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TOP特集一覧沖縄・建築家たちの言説 > 第4回 沖縄の建築風土について 
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沖縄・建築家たちの言説
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沖縄の建築様式は 古くからたしかに独特の様式をもっている。
ファサードにおいては南国風、中国風、室内造作においては日本古来の竿縁天井長押納りといった形。
しかし 民家においてはその風土的要素を十分にとりいれ 先づ高温多湿の気温条件を認識し 地覆石を二重に廻し 約60cmから70cm位上げ 尚 床下は通風を良くするように沓石地形にして開放的に40センチ位に高くしてある。
それに軒先を1m80cmか2m位に深く出し 独立柱でもって支えてある。これを雨端と呼び柱を「ハジバーヤ」と呼んでいる。
これらによって日中の強烈な太陽光線を防ぎ叉輻射熱を防ぎ、白蟻防止の策をたてている。
またこれらの条件を毎年2,3度訪れる60〜70mの台風から守る術として 家屋敷の周囲を石垣または福木(防風林)等で囲う。正面出入口「ヒンプン」なるものによって処理して要領よくまとめている点等 沖縄独特の建築様式といえるのではないでしょうか。
また屋根葺材は重厚な島瓦でもってして「シックイ」でていねいに押さえ台風対策に万全を期しているが、これがまた色彩鮮やかなもので旅人の目を楽しませてくれるらしい。まるで「でいご」の花ざかりを思わせるように強烈な印象を与える。
しかしながら その半面室内はいかにも暗く陰気くさくてジメジメした不潔感を与える事は否めない。
日本建築に室内を自漆喰仕上げにしているのをよく見受けられるのはこれを補っているのかもしれない。
ただし沖縄においては 先ほども述べたとおり高温多湿の気象条件によって壁を塗り仕上げにすると通風を妨げ軸部を白蟻の好巣にするおそれがあってよくない。

以上のような建築様式はこの大東亜戦争によって悉く消失し今は2,3を残すのみとなった。
これ等は最近になって文化財指定を受けることになった。

戦後になって沖縄の建築様式は近代建築を学んで育った颯爽たる建築家?達によってすっかり様相を変えてしまった。米軍の感化を受けて「ブロック」建築が登場してきた。
これがまた非常な勢いでのびてきた。なんという事もなくあっという間にである。
当初施主を説得してこれ等「ブロック」建築を勧めて来た者は何おか言わん私達その者である。
もっとも当時(戦後)は焼け払われた沖縄には木材とてなく、あっても米軍の払い下げ材(米松等)しかなく、すべての資材が米軍依存であった。
台風と白蟻被害を警戒して米軍使用の「ブロック」を利用して「コンクリートブロック」建築が普及して来た。
それらにもやはり「ディティル」において細かい歴史はある。木製建具「スチールサッシ」「アルミサッシ」屋根「スラブ」よりの熱処理の寸法、通風、除湿法と沖縄の建築家達は知恵をしぼって勉強してきた。

しかしそれらがある時期から「マンネリ」化してきたように思われる。「デザイン」においては尚更のこと…。
ここ2,3年の間本土復帰も手伝って怒涛のごとき建築ブームを呼んだ。そして外来の旅行者も増えてきた。
旅行者は異口同音という。どうしてこんなに似たような建物ばかりできるのかと、どうしてこんな建築様式ができたのかと、まったく奇異な目をみはっている。
「ペンキ」壁に「ペンキ」の看板文字、西部劇風でもないいかにも植民地臭さがある。と、こう言われるのは私達建築士同士に責任があると思う。心しなければならぬ事と思う。
設計依頼を受ける時どのていど真剣に取り組んでいるか。

施主の方から設計依頼を受けた場合ほんとに信頼されてまかせられているか、あるいは単に確認申請だけの依頼であるか、もしそうだとすれば建築士事務所ではなく建築代書である。

我々建築士はもっと胸を張って自己認識して施主の方々の理解を求める行動をしなくてはならないと思う。

折角半恒久的「コンクリートブロック」建築を残すのであるから後世に悔いを残さないような仕事をしなくてはと考える。
いかに建築士事務所が増えたにせよ設計料の競技も考えものである。それによって建築士の質の低下をまねいたのでは干才に悔いを残すことになろう。
著:大城重信 沖縄県建築士会会誌「沖縄建築士」(1972年7月発行・復帰記念特集号)より

大城重信(おおしろ しげのぶ) 1918年-1993

1950年 建築設計ライト工務店 設立
1970年 大真建設株式会社 設立、 1975年 大晋建設株式会社へ名称変更。

<手がけた仕事 抄>
設計監理:戦後初の鉄筋コンクリート造「三共デパート(3階建て)」、沖縄初の本格劇場「珊瑚座(現・桜坂劇場)」、沖縄初のシネラマ映画館「グランドオリオン」、戦後初の本格的「パイル」基礎工法「オリオンビール名護工場」、沖縄初のパイル斜杭スライディング工法「琉球セメント工場」、戦後初学校建築にアルミサッシ活用「豊見城高校」など

施工業:那覇市立石嶺中学校、沖縄キリスト教短期大学、沖縄県庁舎行政棟、首里城南殿・番所 など

 
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