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TOP > 沖縄本土復帰50周年記念特集【復帰前はあんやたん】  
 
   
 
 
 
   


2022年5月15日 沖縄は本土復帰50周年を迎えました。
【復帰前はあんやたん】と題して、復帰直前の沖縄の風景を紹介いたします。
(資料写真:沖縄県公文書館 蔵)

 

【1972年5月14日 復帰記念式典の開催を待つ那覇市民会館】

本土復帰記念式典を翌日に控えた那覇市民会館。1970年10月に完成したこの建物は、復帰記念式典開催のために計画、県内で初めて1000人以上を収容できるホールとして誕生しました。米統治下において地元の設計事務所のみによる初の指名コンペが行われて設計者が決定、施工も地元の企業のみで行われました。施工費の約1割を県民の寄付でまかなわれるなど、県民の大きな期待と希望が詰まった建物でもあります。長く「文化の殿堂」であり続けました。

【1970年 初めて国政へ県民の代表を送る選挙が行われることを街頭でPRする様子】

1970年11月に、初めて日本の国政へ県民の代表を送る国政参加選挙が行われました。
復帰に先立ち、県民の不安を解消するために政府は40項目の復帰対策要綱を決めます。この選挙は、政府が決めた復帰路線の民意を問うものとして注目されました。国際通りなどの街頭では、選挙のPRが行われ、投票を呼びかけました。投票率は83%、高い関心を集めた選挙となりました。

【1960年代後半 沖縄県立那覇病院建設現場の様子】

那覇市与儀の那覇市民会館向かいにあった沖縄県県立那覇病院の建設現場の様子。
竣工当初は琉球大学保健学部附属病院として建てられ、その後、県立病院になりました。設計は、芦原義信(芦原建築設計研究所)。道路側に低層、奥に高層という配置になっており、低層部は壁面にスクリーンブロックが設けられた、沖縄の気候に配慮した設計になっていたようです。
2006年に南風原町に沖縄県立南部医療センターが開設された後、取り壊されました。

【1970年3月6日 万国博統一シンボルマーク レプリカ旗贈呈式 琉球政府前】

撮影日の数日後、1970年3月14日に開幕する日本万国博覧会(大阪万博)の統一シンボルマークのレプリカ旗贈呈式。1968年に日本万国博覧会準備の一環として万国博覧会統一シンボルマークの制定が提案され、1969年に公募が行われました。同年11月、世界17カ国からの応募の中から日本の大学生のデザインが博覧会国際事務局(BIE)で採択。沖縄にもシンボルマークがプリントされたレプリカ旗が贈呈され、大阪万博のPRにつなげました。

【1969〜1970年頃の名護市喜瀬・海中公園整備風景】

今ではリゾートホテルが隣接する名護市喜瀬の海中公園整備風景。
沖縄の本土復帰に伴い、沖縄本島の西海岸沿いではリゾートホテル建設が進みます。自然豊かだった海沿いの風景が変化していきます。


【1969年頃の那覇新港の整備風景】

那覇の海の玄関口「那覇新港」の整備風景。
東京・阪神の本土航路、先島との離島航路のフェリーや貨物船・コンテナ船のバース、外国船が寄港する国際ふ頭などを持つ県内屈指の港です。



 
 
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